素材ありきで建築を形づくる〈東根の家〉

第23回木材活用コンクール 木材活用賞受賞       

御所山を望み、近くに流れる最上川支流によって形づけられた山形県東根市。
敷地正面にはヒマラヤスギが並ぶ開放的な公園があり、その先には山岳信仰の聖地であった出羽三山(羽黒山、月山、湯殿山)がそびえ立ちます。線軸のある特徴的な敷地に対して、自然と町の風景とのバランスを活かし建てられたのが〈東根の家(2022年)〉です。

敷地正面の公園から望む〈東根の家〉

この建築を手がけたのは鍋野友哉アトリエ/TMYAの鍋野様。
東京大学 大学院 農学生命科学研究科 木質材料学研究室卒業後、河野泰治アトリエに在籍し、同大学の客員、特任研究員を経て2014年に現アトリエを設立。以来、CLTを含む様々な木造建築の設計の分野でご活躍されています。〈土木学会デザイン賞2013〉奨励賞受賞、〈第19回木材活用コンクール〉優秀賞受賞、また設計のみならず法政大学 構法スタジオ、お茶の水女子大学で講師を務められ、その知見を多くの学生に伝えておられます。

弊社が鍋野様と出会うきっかけとなったのは〈東京大学 弥生講堂アネックス(2008年竣工)〉。当時、河野泰治アトリエに在籍していた鍋野様は、弥生講堂アネックスの特徴的なHPシェルの実現に尽力されました。そのシェルの仕上げ材となったのが弊社のWRCパネルでした。

写真上:鍋野様が河野泰治アトリエ在籍時に担当した東京大学弥生講堂アネックス(2008 年竣工)。
写真下:弊社の WRC で仕上げられた HP シェル。

あれから15年。世田谷にアトリエを構える鍋野様にとって二拠点目となる山形県東根市の自邸。弊社製品を使用してみたいとご相談いただき、外壁、内装に屋久島地杉を採用いただくこととなりました。
今回実際に〈東根の家〉を伺い、採用いただいた理由や鍋野様の設計(発想)の原点についてお話を訊きました

東根の家―外観と構造―

冬場は40〜50センチの積雪があり、春になれば山々に新緑が芽吹き始める。東根の自然と町の風景に溶け込んだサイト・スペシフィックな建築は、設計を鍋野様が行い、基本構造設計でホルツストラ稲山正弘様(東大木質材料学研究室教授)と協業し実現いたしました。

プランを考えるにあたり鍋野様が念頭に置いたのは、「厳しい降雪地域でどのように雪と共存するのかということ」と「木で面白い建築をやりたい」という二点。その要望に応える構造として辿り着いたのは、北側の在来軸組を覆うヴォールト屋根架構でした。

photo(right):satoshi shigeta

ヴォールトは、3×1.25ⅿと4×0.91ⅿ2種類のJパネル(CLT)原板から切り出した部材を上下に組み、内部仕上げを兼ねたラワン、針葉樹合板を直交方向に接合して一体化。下部は収納棚として利用できるように設計されています。また、このヴォールト屋根は生活空間を包みながら、ソーラーパネル設置して太陽光を利用し、また雪を南側に落とす計画になっています。
外観は、在来軸組とヴォールト屋根を明確に分けるため、北側の在来軸組部分の外壁を左官仕上げとし、軸組とヴォールトの間の外壁とヴォールト屋根軒裏を屋久島地杉で仕上げています。地杉は、他の杉と比べて油分を多く含むため、積雪の多いこの地域において高い耐久性、対候性を発揮します。

中央は雨樋、端部は井戸水で屋根散水を行い冬場は雪を融雪しつつ、夏場は内水効果で冷却させる仕組みに。
この建築の自然エネルギーの循環の象徴でもある。

さらに、北側の外壁には、桁に架かるヴォールト屋根の端部を三角形のステンレスの棟カバーで覆い、その両端と中央の3か所に鍋野様のご友人である彫刻家 高田純嗣様によって作られた3体のガーゴイルが鬼門を睨むように設置されています。

―空間と素材―

最大6.5mを越える天井高の吹き抜けが広がる1階のリビングダイニング。中央に薪ストーブを置き、火を囲むようにキッチン、食卓、和室が設けたことで家族団らんのスペースを生み出しています。薪ストーブ背面には、蓄熱効果も期待した煉瓦屏風壁があり、その裏にある階段を登るとお子様のプレイルームと主寝室に繋がります。

photo:satoshi shigeta

今回、外壁同様に床全面にも屋久島地杉(節有)を採用。お選びいただいた理由を尋ねると、そこには「素材ありきで建築を考える」という鍋野様の設計の原点がありました。

-空間を考える時、寸法やデザインももちろん大事ですが、それ以上に「素材」ってすごく大事だと思うんです。何なら空間を素材が規定していると言っても過言じゃないくらい。同じ空間があったとしても、その仕上げを変えれば全然違う空間、感じ方になりますよね。よくありがちなのは、設計者の「コンセプト」が最優先で、それに従うものを作る「人間至上主義」的な価値観でいくと均質的なものが良いってなるんですけど。そうじゃなくて「素材ありき」の価値観でいくと「どうやって使えばこの素材の良さを引き出せるかな」って考えに至ると思うんです。

photo:satoshi shigeta

そういう考えで素材に対して取り組んできたので、屋久島地杉を見た時はこれしかないなって思いました。意匠的にもすごくいいですし、性能的にも耐久性に優れるという話を聞いてすごい可能性があるなと。なので、基本的に自邸は全て地杉でいこうと思いました。-

ル・コルビジェが設計したサヴォア邸、ミースが設計したファンズワース邸しかり。合理性や機能性を重視したモダニズム建築には空から舞い降りてきたような美しさがありますが、Jパネルと屋久島地杉、左官という有機物により構成された〈東根の家〉からは、この環境でしか味わえないアートのような佇まいを感じました。

―発想を形で捉える―

唯一無二の形でありながら、周辺環境との融合性を見出した〈東根の家〉。
コンセプトを設けずにどのように誰も考えたことのない建築を発想するのだろう。
その疑問に対し、鍋野様は次のように答えていただきました。

今年5月、東京大学「第96回五月祭」に伺い、WRCパネルを採用いただいた「弥生講堂アネックス」を案内いただきました。
さらに鍋野様が在籍されていた農学部木質材料研究室のブースで、学生さんたちが知識と技術を集積させて作り上げた木質パビリオンも見せていただきました。

-発想をコンセプト=「言葉」に規定するというより、建築は「形」を見せなければいけないのかなというように思っています。発想する時、私たちは何か今までと違った空間をそこに見いだしたいし、面白い空間を創りたいという意識になるんですが、その時に、意識や経験を基に考えてしまうと、どうしても既存のものに引っ張られてしまいます。それを超えるためには、一度「自分の意図とか意識のない状態」で形を作り、最初のイメージを自分から切り離して、客観的に見直してみることが大事だと思います。そうすると先にお伝えしたように「素材をどう使ったらいいのか」、「逆にこの形はどうなりたがっているのか」という発想に繋がっていくのかもしれません。-

ダーウィンの進化論では「生き物は自然選択によって環境に適応する」と考えます。すなわちそれは、生き物が目的も方向性もない中で環境に適した姿形になっていくということ。
鍋野様の発想の原動力にもきっと、正解に向かっていく一本の道ではなく、近道か遠回りかわからないなかで手探りをして、人間が到底思いもつかないさまざまなバリエーションを生み出しながら建築と向き合ってこられた、そういう情熱が礎にあるように思います。

―最後に―

鍋野様は物理学を専攻しようとして大学に入学されたそうですが、19歳で訪れたウイーンの熟成された街並みを見て 「どうして日本の街並みはどこも同じようなところが多いのだろう」と疑問に思ったことが建築の道に進んだきっかけだったと教えてくださいました。取材を終え、当建築を俯瞰してみた時「ひとつの疑問が情熱に変わった時、人は創造しえないものを生み出していくのかもしれない。」と深く実感したのを今も覚えています。

弥生講堂アネックスにて。鍋野友哉様(右)と営業担当の横浜営業所 根岸(左)。

今回の取材、そして東京大学アネックスのご案内を快く受けてくださった鍋野様、そしてご家族の皆様、本当にありがとうございました。そして23年3月に当建築が〈第23回木材活用コンクール〉木材活用賞を受賞いたしました。心よりお祝い申し上げます。

TEXT: channel original
PHOTO: satoshi shigeta /channel original

弊社納材商品
外壁/床/建具:屋久島地杉

設計:鍋野友哉アトリエ/TOMOYA NABENO ARCHITECT
鍋野友哉(なべの・ともや)/鍋野友哉アトリエ/TMYA主宰。東京大学 農学部 木質材料学研究室を卒業、同大学院修了。東京大学 客員研究員(2007~2008)、法政大学 兼任講師(2012~)、お茶の水女子大学 非常勤講師(2015~)、自然公園等施設技術指針検討委員(2015~2018)。これまでにグッドデザイン賞、土木学会デザイン賞、木材活用コンクール 優秀賞などを受賞。
〒154-0022 東京都世田谷区梅丘1−15−9スペース88 202号 
TEL/FAX 03-6413-9549 Mail info@tmya.jp

構造設計:株式会社ホルツストラ一級建築士事務所
稲山正弘(いなやま・まさひろ)/東京大学大学院農学生命科学研究科教授。1958年愛知県生まれ。東京大学工学部建築学科卒業。ミサワホームを経て、東京大学大学院博士課程修了、博士(工学)。1990年稲山建築設計事務所(現・ホルツストラ)設立。木質構造研究会会長、中大規模木造プレカット技術協会代表理事。

写真:繁田諭写真事務所
繁田諭(しげた・さとし)/1974年 神奈川県生まれ。東京綜合写真専門学校を経て2000年ナカサ&パートナーズに入社。2013年 繁田諭写真事務所を設立(東京・杉並区)し、建築、インテリア、アートワークの写真を中心に活動中。